:: back :: :: top :: :: next ::

 
» 日本語と本を読むということ » date : 2003/08/31  
今日は 8月最後の日。。 ずいぶん昔を思い出す。。
読書感想文をがんばって書いたよな。。
夏休みの課題には かならず 読書感想文と自由研究なるものがあった。
だから全員いやでも読書感想文は書いた。。
なのに 今は 選択である。。
しなければならないことが 絶対 というものが 減ってきている。
この選択の自由ってなんなのだろう?
選択の自由は 本当に自由になっているのかな。。
人間は出会い出会いの中で生きていく。
それは 人であったり ものであったり 芸術であったり、さまざまだけれど 出会うチャンスが多ければ多いほど、何かを掴み取るチャンスも増えるだろう。
なのに、別にしなくてもよければ、楽なほうへ行っちゃうよな。。

結局 一つのチャンスを逃したことになるような気がする。
まず 本を選ぶことから 自分の意思を持っての行動になる。
そこに意義があるんだよね。感想文のうまい下手は関係なく、そこが大事なんだ。
世界が広がるよね。。
それだけで 本を斜め読みしたくらいの価値はある!
自分の興味のあるものとかわかってくるものね。


本を読まなくなって 生きてはいける! って言うのは正しいのかもしれないけど
人間としての生きる喜びは 半減するんじゃないのかなって思う。

私が大きくなってから思うことなんだけど。。
大学で経済とか経営とかのほうが実際の社会において 必要な知識で、
文学部って 本当に役立たずだと思っていた。
でも この年になって思うよね。。
文学部って その人間の生きる喜びを感じ取れる大切なものを得ることが出来るんだ!って。

「声に出して読みたい日本語」 って言う本はベストセラーになっている。
まだ読んでないけど 本当に興味あるね。
日本語の美しさは 本から学べるし 日本語の表現の美しさを 改めて思う。

我輩は猫である。 これって英語じゃ 我輩は I だもの。。
おいどん も わし も 俺 も 私 も せっしゃ も わちき も すべて I だもの。。


» category : 私的回顧 ...regist » 2004/04/24(Sat) 20:59

:: back :: :: top :: :: next ::

:: P column M-i-O ::